戸籍変更関連【制度編】について
戸籍を男性から女性に変更するには要件や手続が必要なんですが、ここではその根拠となる法的制度、「特例法」について見ていきたいと思います。
目次
- 1 特例法
- 特例法とは
- 成立までの背景
- 2 定義、性同一性障害者とは
- 3 戸籍変更要件
- 4 まとめ
1 特例法
特例法とはどんなものかを簡単に説明します。
特例法とは
特例法とは「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」を正式名称とし、2003年7月10日に国会にて成立、2004年7月16日施行された法律です。(2003年7月に国会で「これを法律にしていいよー」とOKが出て、2004年7月にその法律が効力を持ち実際に運用開始されたということです)
これは性同一性障害者のうち特定の要件を満たす者につき、家庭裁判所の審判により、法令上の性別の取扱いと、戸籍上の性別記載を変更できるというものです。つまり戸籍を男から女に変えることを認める法律です。みなさんがトランスして女性として生きていけるようになるのはこの特例法のおかげなのです(もちろん戸籍変更しなくても生きていけてる人もいます)。
成立までの背景
それでは、この特例法はいったいどのような背景があって成立に至ったのか、それを見ていきましょう。
そもそも性別適合手術(SRS)は、特例法制定よりも前、もっと言えばガイドラインが作られるずっと前(1950年代)から行われていました。昔だって性に違和感を覚える人は当然にいて、そのために身体の性違和を解消したい(SRSしたい)と思う人はいたんですね。
しかしそんな中、ブルーボーイ事件というものが起こります。簡単に言うとこれは男娼の職にある20歳代の戸籍上の男性3人に対して、1964年に相次いで性転換手術を行われたことについて、これを執刀した医師が裁判に掛けられ、その結果有罪となったものです。この医師は懲役2年、執行猶予3年、罰金40万円の刑に処されました。この裁判で争点となったのが優生保護法(のちの母体保護法)という法律です。これは「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行なってはならない」と定められています。
この条文の「故なく」(理由なく・根拠なく)が問題とされました。医師は患者にロクに話も聞かず、住所さえ聞かず、診療録も作成していませんでした。つまり、こういう雑で軽率な手続きが、「故なく」に該当すると判断されたのです。
しかしこの判決では同時に「性転換手術は正当な医療行為である」と認める知見も裁判官から出されました。「故なく」だから法律違反ということは、「故あり」、つまりちゃんとした診察であれば法律違反ではない、それは「正当な医療行為」になるということです。ブルーボーイ事件で有罪判決を出した裁判官は性別適合手術が正当な医療行為と認められるためには、次のような要件を満たす必要があるとの知見を判決文に付け加えています。それは「一定の厳しい前提条件ないし適応基準の設定」「手術前の精神医学ないし心理学的な検査と一定期間にわたる観察」「当該患者の家族関係、生活史や将来の生活環境に関する調査」「手術の適応は、精神科医を混じえた専門を異にする複数の医師により検討されたうえで決定され、能力のある医師による実施」「診療録はもちろん調査、検査結果等の資料の作成および保存」「性転換手術の限界と危険性を十分理解しうる能力のある患者に対してのみ手術を行う」「その際手術に関し本人等の同意」です。これらがあれば(=故あり)性別適合手術は「正当な医療行為」として認められるということです。そしてこれを根拠として誕生したもののひとつが日本精神神経学会のガイドライン(第1版)(1997年5月)です。一般的に単に「ガイドライン」と呼ばれており、みなさんご存じのものですよね。ガイドラインではその診断には細かい事項が定められ、診察もとても慎重に行われます。
そして1998年10月16日、埼玉医科大学総合医療センター(川越市)で医療行為として初めておおやけに認められた国内初の性別適合手術が行われました。第一号の患者はFtMです。この時期くらいからマスメディアの報道は過熱していきます。①MtFの存在はある程度世間に認知されていましたがFtMすなわち女性から男性への性転換はほとんど知られていなかった事からの強い感心、②MtFと違ってFtMは風当たりが強くなかったこと、③ブルーボーイ事件以降医療界でタブー視されていた性別適合手術の実施、④マスメディアが飛びつきやすい「人権」に当たる問題、などがその要因とされています。先ほどの国内初の性別適合手術では手術チームが手術室に向かう廊下に数十台ものカメラが並び、その当日夜7時のNHKテレビのトップニュースとしてその画像が流されたほどだったといいます。
2001年にはついにテレビのドラマにも性同一性障害者が登場します。「3年B組金八先生」で上戸彩演じる鶴本直という人物で、その設定も世間の感心に沿った形となるFtMでした。多くの性同一性障害者にとって、世間にも自分と同じ悩みを抱えている人がいるんだ、そして自分も性違和を持っているんだと確信に至る契機となったものとしてこれはあまりにも有名です。
このような形で性同一性障害者の存在、人権は広く日本の中で周知されることとなり、性別適合手術を受ける人も増えていきました。しかしながら、それでも性同一性障害者による法的性別の根幹にあたる戸籍上の性別表記の訂正申告が認められたことはありませんでした。戸籍男性のMtF(女性のFtM)には生きにくい世の中であることは変わりありません。具体的には、身分証明書の提示によって性同一性障害を有することが明らかになることをおそれ、職場に戸籍謄本を提出できず、安定した職を得られない、同様に保険証の提示もできないため、保健医療を受ける事ができないなどといった事例です。これはいけない。当事者の権利を守らねばならない。性別適合手術が正当な医療行為として認められ、詳細な要件が定められたガイドラインができ、実際に性別適合手術が行われるまでになったのにもかかわらず、未だに戸籍の変更が認められない、これは不当だ、という動きが当然に当事者等を中心に巻き起こります。先に述べたマスメディアによる報道もそれを後押しします。そのような流れを受けて自由民主党の南野知惠子参議院議員を中心に法案の作成が推し進められることとなり、2003年7月1日、特例法案は参議院法務委員会に法案を提出され、以降両院本会議でいずれも全会一致で可決、7月10日に特例法が成立することとなりました。これらが特例法誕生の背景となります。
2 定義
この特例法には「性同一性障害者」について定義されています。以下それを見ていきます。条文では以下のようにあります。
この法律において「性同一性障害者」とは、①生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、②心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、③自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、④そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。
引用:性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第二条
これを個別に見ていきます。
①「生物学的には性別が明らかである」とは、性染色体や内性器、外性器の形状などにより、生物学的に男性または女性であることが明らかであることをいいます。
②「心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持っている」とは、生物学的には女性である者が男性としての意識が、または生物学的には男性である者が女性としての意識が、単に一時的なものでなく、永続的にある状態であり、確固として揺るぎなく有していることをいいます。
③「自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者」とは、男性または女性として生きる意志を有すものです。これは身体的に適合させる=SRS等をするということ、および社会的に適合させる=社会的立場・役割を男性または女性として位置づけることをいいます。(SRSについては最高裁で違憲判決が出されたので定義のこのSRS部分はいずれ改訂されることと思います)
④「必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致している」とは、適切かつ確実な診断がおこなわれることを確保するものです。
これら4つをもって「性同一性障害者」としています。上で説明したブルーボーイ事件を契機に作られた「日本精神神経学会のガイドライン」による診断基準や埼玉医科大学倫理委員会の答申を参考にしているものと考えられますね。
3 戸籍変更要件
性同一性障害者であっても、それだけでは戸籍変更することはできません。特例法では戸籍変更するための要件を以下のように規定しています。
家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
引用:性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第三条
これを個別に見ていきます。
①「十八歳以上であること」とは、民法上の成年年齢が 18歳であること(民法第4条)、性別はその人の人格そのものに関わる重大な事柄であり、また、その変更は不可逆的なものであるから、本人に慎重に判断させる必要があること、日本精神神経学会のガイドラインの治療(性器に関する手術)の条件として当事者が成人であることを求めていたこと等が考慮されたものとされます。
②「現に婚姻をしていないこと」とは、現に婚姻している性同一性障害者について性別変更を認めると、同性婚の状態が生じてしまうからです。なお、この非婚要件は性別変更の審判の際に「現に」 婚姻していないことを要求するものであるので、離婚等により婚姻が解消されていれば性別変更は可能です。また、性別変更後に変更後の性別で婚姻することももちろんできます。
③「現に未成年の子がいないこと」についてですが、現行の規定は「現に未成年の子がいないこと」を性別変更の要件として掲げていますが、特例法の成立当初は「現に子がいないこと」とされていました。成年していても子がいる以上戸籍の変更は認められていなかったんですね。「現に子がいないこと」という要件は、「女である父」や「男である母」が生じることによる家族秩序の混乱や子の福祉への影響を懸念する議論に配慮して設けられたもので、最高裁判所もこの規定は「合理性を欠くものとはいえないから、国会の裁量権の範囲を逸脱するものということはでき」ないとしていました。しかし、親子の関係性は多様であるところ、現に子がいる性同一性障害者について一律に性別変更を不可とすることには批判が強く、2008年の法改正によって「現に未成年の子がいないこと」へと緩和されました。この改正によって成年の子との関係で「女である父」又は「男である母」が生じることとなったため、子なし要件の趣旨は主に未成年の子の福祉にあるとされるようになったと言えます。ちなみにこの要件は離婚しているかを問いません。よって離婚してても未成年の子がいる以上、この要件を満たすことにはなりません。
④「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」とは、これは元の性別の生殖機能によって子が生まれることで様々な混乱や問題が生じかねないことや、生殖腺から元の性別のホルモンが分泌されることで何らかの身体的・精神的な悪影響が生じる可能性を否定できないことを理由としています。→しかしこの規定について2023年10月25日最高裁は、この要件が「強度の身体的侵襲である手術を受けるか、性自認に従った法令上の取り扱いを受ける重要な法的利益を放棄するかという、過酷な二者択一を迫っている」と指摘。特例法制定以降の社会の変化、医学的知見の進展なども踏まえ、要件は「意に反して身体への侵襲を受けない自由を侵害し、憲法13条に違反して無効」とし、違憲判決を出しました。これによって既に性別適合手術(SRS)をしていないFtMの戸籍変更が認められた事例が実際に増えています。
⑤「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」とは、公衆浴場の問題等、社会生活上の混乱が生じる可能性が考慮されたものです。→この要件も先述の最高裁での争点でしたが、外観要件については高裁段階で検討されていないとして、最高裁は自ら判断はせずに審理を高裁に差し戻しました。この判断には3人の裁判官が「外観要件も違憲で、差し戻さずに申立人の性別変更を認めるべきだ」とする反対意見を述べています。このことからもこの後の高裁の判断も「外観要件は違憲・無効」とする判決が出る可能性がとても高いです。
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【追記】2024年7月10日、広島高裁は外見要件について「違憲の疑いがあるといわざるを得ない」とし、性別の変更を認める決定を出しました。しかし外見要件が削除された訳で無く、SRSせず男性器が残った状態でもホルモン治療等で萎縮していれば女性器に近似するという判断です。つまりFtMと同じになったわけですね(FtMは男性器を作らなくても女性器のままで外見要件をクリア出来てた)。→これに続き、同年九州地方でも男性器付きの性別変更について認められた事例が出たようです。今後このような事例は増えていくと思われます。
4 まとめ
いかがだったでしょうか。戸籍変更の根拠となる「特例法」についてみていきました。直近の最高裁での違憲判決でもうかがえるように、世の中の多様性に対する考え方はずいぶんと進んできたのではと言えるのではないでしょうか。しかしそれに反して私たち性同一性障害者に対する否定的な意見も多く見かけるのも事実です。今、私たちにとって欠くことのできないこの特例法は大改革の時にあります。しかし決して忘れてはいけない事は、特例法はこれまでの諸先輩方の血と涙と努力の結晶であり、私たちはそれに感謝し、それに恥じない生き方をしなければならないという事だと思います。