性同一性障害者の浴場問題について
性同一性障害者にとって問題としてよく挙げられるのがトイレと浴場だと思います。特に昨今MtFについてはよく取り沙汰されているので興味を持たれる方も多いでしょう。ここではその中で浴場の利用問題について見ていきたいと思います。
温泉や銭湯の浴場の場合ですが、ここでは性同一性障害者であるか否かは関係なく身体的特徴(SRSしているかどうか)で判断されます。よっていくら性自認が女性でも、いくら正式に性同一性障害の診断が出ていようとも、SRS(性別適合手術)していなければ女湯に入ることはできません。違法です。決してSRS前に入らないようにしましょう。
参考
上の「公衆浴場要領」では男女の別を身体的特徴によって判断するとしています。よってちんこ有りMtFは女湯には入れません。まんこMtFは女湯に入れます。これはいいでしょう。
では、FtMの場合はどうでしょうか。FtMのSRSは内摘と言って卵巣と子宮を摘出するものです。子宮卵巣は体内にあるものなのでお股の外見は変わらずまんこのままです。中には男性器形成してちんこを作るFtMもいますが、それは少数です。ほとんどのFtMはまんこです。そこでさっきの「公衆浴場要領」の「身体的特徴」が問題となってきます。再度言いますがここではお股の身体的特徴で判断されます。なので「ちんこMtFは男湯に入れ」なるのですが、だったら同じ論法で「まんこFtMは女湯に入れ」ということになります。まんこFtMは男湯に入ると違法になります。
MtFと違ってFtMは公衆浴場は使用していないとする人もいますが、例えばYouTubeなどで検索をかけてみると多くのFtMが男湯レポートをしています。その数はMtFのそれよりかなり多いです。FtMは公衆浴場を使わないという認識は誤りであると言わざるを得ません。確実に使っています。さらに言うと多くのFtMは男湯に入るテクニックについて語っていますが、大切な法的問題については何も触れていません。私が観測してる範囲だと誰もいませんでした。FtMは法的な事をあまり考えず男湯を使っているのが現状です。
しかしFtMの男湯利用については誰も何も言わないし、問題にもなっていません。MtFは大バッシングを受け「公衆浴場要領」も昔から身体的特徴で判断するという基準があったにも関わらず、最近あえてちんこMtFを排除する内容の通達を再度発しています。SRSしてまんこになったMtFでさえも女湯から排除しようとする運動まで見られます。しかし本来違法のFtMについては黙認です。何も言われません。それはなぜでしょう。そうです。
生得的男性は脅威だからです。
多くの性犯罪の加害者は男性です。これからも伺えるように多くの女性は男性を非常に警戒しています。男性として生まれ男性として生きて生活してきたMtFにはあまりピンとこないかもしれませんが、生得的女性は痴漢をれたりセクハラをされたりと性に関係した大変嫌な思いをたくさんしています。本や動画のメディアでも女性は性的対象として描かれているものもたくさんあります(AVなど)。男性の性欲はとにかくそれほど強いのです。深刻な問題ではレイプもそうです。男性は性欲が強いし、筋力でも敵わない。男性を警戒・嫌悪する女性が多いのは当然のことです。
よって女性スペースである女湯に性的な(または物理的な筋力差での)脅威である男性に侵略されることに大変敏感です。敏感というか、ハッキリ嫌だと思っています。なので男性に見える人はそれが性同一性障害であろうがなかろうが、なんなら戸籍もどうでもよくて、とにかく、とにかく嫌なのです。理屈じゃないのです。
という理由でFtMは脅威じゃないけどMtFは脅威なのです。なのでMtFが集中砲火を浴び排除の対象にされているのです。では改めて「身体的特徴」と「脅威」について見ていきます。女性は男性を警戒します。それは男性に見える人が対象となります。当たり前ですよね。では、男性に見えるFtMはどうでしょうか。身体的まんこFtMが女湯に入ってきた場合、女湯はどうなるでしょうか。間違いなくパニックになりそのFtMは通報されることでしょう。なんたってFtMは見た目男性なのですから。FtMは元女性なのでボーイッシュくらいだと考えてる人がいるかもしれませんが、FtMのパス度は凄まじく、どう見ても男性にか見えない人がかなりいます。見た目は完全に男性なのです。
繰り返しますが女性は何に脅威を抱くでしょうか。それは男性です。では、何を以て男性だと判断しているでしょうか。それは見た目です。ということは、見た目男性のFtMは脅威ということになります。
先で述べた「MtFはなんとしても女湯から排除しろ、男湯に入れ」と主張するのなら、同じように「FtMもなんとしても男湯から排除しろ、女湯に入れ」ということになります。結果、脅威である見た目男性FtMが女湯に入る事態となります。女湯に男性がいることになります。生得的女性はこれを望んでいるのでしょうか。いや、そうではないでしょう?
そこでこれからの法的運用と実務運用のギャップ問題についてちょっと触れると、2024年の裁判判決で性別の変更にはSRS(性別適合手術)の必要がなくなりました。つまり戸籍女性のちんこMtFが誕生することになります。さて、この場合のちんこMtFは男湯、女湯のどちらに入るべきでしょうか。はい、普通に考えると当然男湯ですよね。ちんこ付いてるので。ではFtMは?まんこFtMは?
MtFについて、ちんこがあっても医師が女性器と近似している、つまりまんこだと診断を出し、それを基に法律(特例法)がそれを認め、その人が法律要件を満たすものと判断され、医療面と法律面の両方で「女性器である」とされたMtFであっても男湯だと判断されるのなら、同じように運用されたまんこFtMも男湯だという判断がより一層決定づけられるものになってしまいます。(FtMはまんこでもOKとされているわけではなく、まんこでも男性器に近似しているという不思議な判断が昔からずっとされているのです)
そこで一部で上がっているのが「外見的特徴(見た目基準)」での判断ですが…。
今まではお股だけが「身体的特徴」だったのを、それを見た目、身体や雰囲気全体を含めて判断するというものです。これなら男性に見える人は男湯、女性に見える人は女湯、ということになり、混乱もおきません。
ただ、これには大きな問題があって「誰がどういう基準でその見た目を判断するか」が曖昧なことです。性別の判断は人によって異なります。同じMtFでもある人によっては女に見えるけど、別のある人によっては男に見える、そんな状態でこの運用が成されるでしょうか。
また、この見た目基準は生得的女性にもその問題は波及します。生得的女性の中でも見た目が男性寄りの人もいます。見た目で判断するとそのような生得的女性は男湯に入れということになってしまいます。見た目基準というのはそういうものです。女でも男湯に入れとなるのです。
この「男性に見える生得的女性」を救済するには、お股がまんこであることを確認しなければなりません。これはその女性にとってかなりの屈辱にになることでしょう。見た目で男性だと判断され男湯に入れと言われるだけでも許せないのに、信用されず下半身まで確認される。これは差別と受け取られてもおかしくない話です。そのようなことは許されてはなりません。よって、施設側は男女の区別を見た目で判断していいと言われても実際には現場ではその運用はできないという結果になるのです。施設側は男性に見える生得的女性が女湯に入ることを拒めない=MtFの女湯利用も拒めない=今までの運用と何も変わらない。
よって「外見的特徴(見た目基準)」は導入は現実的ではないでしょう。
この問題を解決するにはもう「性別変更したトランスジェンダーは一律に全員温泉を利用してはならない」という法律を作るしかありません。身分証に性別を記載すると共に元の性別も記載し(女【生得的には男性】)、それを受付で提示する。温泉施設側は性別変更当事者だと分かれば利用を拒否する。そうすれば男湯も女湯も生得的な人しか利用せず、混乱も不安もおきません。しかし性同一性障害は一生温泉に入ることは出来ないということになります。果たしてこれでいいのでしょうか…。また、身分証に元の性別を記載することはプライバシーの侵害に当たらないでしょうか。というわけでこの運用も出来ないでしょう。
では、実務上これから現場ではどう対応するか
それは、まずは施設側は見た目が女性の人は女湯に案内し、女湯内で男性器が付いている人がいれば他の女性客が施設管理者に伝え、施設が警察に通報するといったような個別に対応するという運用になるのではないかと思います。つまり、やっぱり今となんら変わらないということですね。
今までと変わらないなら書く必要なかったじゃないかと思われるかもしれませんが、最も伝えたかったのは見た目男のFtMが女湯に入ってくる事態になるけどそれでいいの?という問題を念押ししたかったのです。見た目男でも生得的に女性なら問題ないとする人もいますが、その人が生得的に女性なのか男性なのか、どうやって判断するんでしょうか。お股を見る?FtMもMtFも両方まんこです。お股では判断できません。では全体の見た目?そうすると先で言ったように本来生得的女性なのに見た目が男っぽい女の人を排除してしまうことに繋がります。
昨今MtF排除論がしきりに持ち上がっていますが、MtFを排除するということは本来の女性の権利までも侵害してしまうことに繋がります。MtFは女性であり、それを男性だと決めつけて排除してもそれは出来ないし、それをやってしまうと巡り巡って自分たちの首を絞めることに繋がってしまいます。女性もそれは望んでいることではないでしょう。
大切なのはお互いの権利・立場を尊重し合い、理解することだと私は思います。